社団法人日本建築学会中国支部では、中国地方の建築文化の発展に顕著な貢献が認められる活動に対して表彰し、広く地域文化の発展と建築文化に対する意識の高揚を図ることを目的とした「中国建築文化賞表彰制度」を平成16年度に創設した。第9回目となる昨年度は次の作品について表彰することに決定した。当該賞の創設主旨を十分満たす優れた作品であり、これらの作品を以下に紹介する。
瀬戸内の家(住宅部門 所在地:広島県三原市須波町)
受賞者:河口佳介(河口佳介+K2-DESIGN)
三原市の竹原寄りに須波という漁村がある。むかし宮本常一が、瀬戸内海を行き交う船で暮らす海民の定住地として紹介し、船の中を思わせる一室構成の民家が特徴であると述べたところである。いまの須波は、背後の山腹に住宅地が開発され、その最も奥まった海を見晴らせる高台の敷地にこの建物は建っている。 一階をコンクリートのカルバートボックスとし、両端と玄関だけを開いた閉鎖的な空間にガラスチューブの竪坑を3つ設置し、上階からの光を導き、同時に一階の空気を排出している。その一つに設置された階段を光に導かれて上がると、眼下に小佐木島との間に広がる海峡が見える。海峡は、東へ延びて彼方の尾道へ繋がる航路が一望できる。二階は、そのために四周をガラスとし、間仕切りもガラスチューブしかないので、光と風景がガラス面に反射し、透過してつくりだす模様しか空間を仕切るものはない。 形態は単純で、コンクリートの一階、ガラスの二階、外洋材を貼ったルーフの三層が押し寿司のように積み重ねられ、東西に長い直方体となっている。住いの機能は、その中に散りばめられ、東端の尾道水道を望むリビングで構造やディテールについて説明する作者の話を聞きながら分かったことがある。 設計の基本方針は、この山腹から眺められる素晴らしい瀬戸内海の風景といかにして一体化できるかで決めたという。その目的は達せられ、眼下に広がる瀬戸内海と一体化した建築の内部空間は、海上を走る船の中のようであった。 冒頭に述べたように須波の民は、海と一体で生きてきた。海と真摯に向きあって誕生する建築は、今も昔も船のような一室空間である。記憶に残された風景や古いものが好きだという作者は、須波の家の伝統を現代に蘇らせたのである。 願わくば、記憶の風景を色に純化してモダニズムを再生したルイス・バラガンや、ちょうちんを光に形を与える照明と理解してAKARIシリーズを生み出したイサム・ノグチのように、記憶と伝統を普遍性へ至る場所まで導き、現代建築を再生する仕事をしてほしい。この作品を「三原の家」でも「須波の家」でもなく「瀬戸内の家」と命名した建築家の気概とロマンに、そうエールを送りたい。
撮影
24年度審査員(敬称略・50音順)
在永末徳・清田誠良・藤田盟児・松島日出雄・山田 曉・山本春行